私は被害者意識が強くなることがあります。
被害者意識を持つことが、「いい」とか「悪い」ではなく
嫌なことをされれば、「あんなことがあって嫌だった」となることはありだと思います。
ただ、「自分はいつも被害者」として生きると
自分にとって、デメリットしかないと気づきました
いつも被害者になってしまうのです。
そして自分も、大切な周りの人も不幸にしていってしまうのではないかな、と思いました。
それに気づいた出来事
私の母は虐待(ネグレクト、心理的、性的)を受けてきました。
これだけの虐待を受けていれば、精神的に不安定になるのは当然です。
母は、不安定さを私にぶつけることで解消していたんだと心理を学んで気づきました。
幼い頃から、私は母を笑わせたい、幸せにしたいという思いがあり、さまざまなことをしてきました。
ですが、私は「情緒不安定な母みたいにはなりたくない」と思ってきました。
すぐ人のせいにする
過去のことを持ち出して責める
感情的になると歯止めがきかない
等
様々とありました
だけど、「母がそうなってしまうには、こういう生い立ちがあるからもうしょうがないんだ」そんなふうに受け止めて、母の幸せを願ってきました。
私は「母の感情的な爆発と人のせいにする所」は嫌いでした
自分はこうならないぞ、と思って生きてきました。
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そんなふうに頑張ってきて、無理がたたったのだと思います
バーンアウトしてうつ状態になりました
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回復に向けて運動が大切だとわかり、パーソナルトレーニングを受けました。
鍼灸師の資格を持つトレーナーの彼女に初めは鍼灸を受けていました
そのトレーナーから「みっちーさんは、うつ状態になった理由とかって思い当たることありますか?」と質問され
私は「この辛さを誰かにわかって欲しい」という気持ちも強くあり、「母が虐待の被害者で感情をぶつけられてきたから・・・・」というような話をしました。
そしてそのトレーナーも「実は私も性被害者なんです」とご自分の話を鍼灸を受けている際に、きかせてくれました。
母の辛そうな状態からも、この方も辛い中通ってきたんだと、話を聞きました。最後に「みっちーさんがこういう話をしたから私も話したんですよ」と、違和感を覚えるような言葉で終わりました。
その後トレーニングの際に、チクチクと不快感を感じる言葉を言われたり、明らかに失礼なことを言われたりしました。なぜなのか、理由がわかりませんでした。
パーソナルを受けるのがしんどくなり、パーソナルをやめ、距離を取りました。
そして気づきました。
「私の母が性被害者であり、感情の起伏が激しく、そのため生きづらさを感じている」という私の言葉を彼女は自分に向けられた言葉だと捉えたんだと思います。
彼女も二人のお子さんがいて、そうした経験もありながらも一生懸命に子育てしてきた、、、
そういう自分を否定されたように感じたのかもしれません
ですが私は、そのトレーナーのことを言ったのではなく、自分の母のことを話しました。そのトレーナーの個人的なことなので、私からは性被害について一度も話していません。
そういう経験がおありなのに、二人のお子さんを育てあげて、私は素晴らしいと思っていました。
逆に私は、母との関係を拗らせて、自分自身の幸せを考えてこず、犠牲的・自虐的に生きてきてしまったので、反省するばかりでした。
母への不満な思いを語る時、彼女は自分を責められているように感じたのかもしれません
チクチクとした嫌味に始まり、私の考え方感じた事まで矯正しようとする話が多くなりました。
また、自身の生徒さんの重い話までするようになり、
境界線がおかしいぞ、と感じ離れました。
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今まで、私は被害者的にそのパーソナルトレーナーの事を不満に思っていました。
酷い事もたくさん言われたので、そう感じるのは当然だと思います。
さらに深く掘り下げると、
個人的な思い話を辛い状況であったとはいえ、
トレーナーに聞かれたとはいえ、
話すべきではなかったんだな、とわかりました。
辛い時、誰かに受け入れてほしい、という思いは誰しも抱くと思います。
だけど、自分が母からの被害者でいることは、
また次に被害者である状況をつくり出してしまうと感じました。
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私は苦労してきた母を尊敬しており、母が幸せになることばかりを考えてきました
それと同時に母からは、ひどい言葉をたくさん浴びせられて、本当にしんどかったのも事実です
それはそのインストラクターを責めていることではなかったのですが、
相手の受け取り方は変わりません。
相手がそう感じてしまったのなら、そこは変えられません。
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今回のことで私は自分を被害者にすることをやめました
それは過去、幼少期から頑張ってきた自分を認めてあげることでもあると思います
頑張っている母を十分に私は支えてきて、最期まで母の幸せを思ってやってきました。
自分の若い大切な時間を失ってしまったと思う事はたくさんあります。
子供時代、その年齢の子供であることを許されず、母の片腕だったのですから
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母も自分も責めなくていい
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苦しいのは仕方ない
そこに引け目を感じなくていい
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こうした経験から私は被害者を辞めることに決めました
母から言われたひどい言葉は時々思いだすことはこれからもあると思います
だけど、それは全て事実ではないのです
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「お前はダメだ」
これ事実ではないです
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「遅い、のろい」
のろかったらオペ室ナース務まりません
これも事実ではない
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母から言われた言葉を信じ込み、自分にインストールしてしまっただけなのです
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今からアンインストールできるし
自分の事実をそこに書き換えられます
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信じ込んだ時間が長いから、回復に時間はかかりますが、緩やかに本来の自分を取り戻して
これからの人生を幸せに生きていこうと思います
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そのトレーナーとの出会いは、これに気づくために必要な事だったのかもしれません。
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被害者から
サバイバー
そして自分自身がクリエイトする者へ