人から言われた言葉・評価をそのまま鵜呑みにして自分のことだと決めていませんか?
ポジティブなこと、自分が聞いて心地よいこと、納得することなら、それは受け取っていいとも思うのです。
だけど明らかに自分の行動や自信を下げてしまう言葉は、相手がいくら自分のことを思っていても受け取る必要がないと感じました。改善した方がいいことでも、自分自身が気づいて改善することの方が大切かな、と思う。
自分のことは自分で決めていいのです。
人からどう言われようと、まずは自分の信じたことをやってみて。
周りの人はあなたが大切で言ってくれる場合と、
そうでない場合がある
どちらにしろ、自分がやりたいことを信じて行動した方が、後からの後悔はない。
よく言われることだけど、改めて自分に腑に落ちました。
今回の気づきがあったきっかけの出来事
小学生からの親友Nさんとのやりとりです
20歳頃から「みっちーは受け身だよね」と言われてきました
私には、そういうつもりはありませんでした
自分のやりたいことは真剣に取り組んでいたからです。
悩み事相談になるといつも最終的に「受け身だからいけないんだよ」と言われて終了するという悔しい思いがあります
で、いつしか「私は受け身」という信じ込みになりました
で、結局、「私は受け身なのか?」という疑問になります。
アラフィフの現在も親友Nは私を受け身だと言います
ですが、現在よく遊んだり、一緒の学びをしている人、職場の人からは「行動力がある」と言われます
私自身の自覚としては、自分のやりたいことや関心のあることは行動するし、調べるし、そこに集中します
結局、私は自分のことを、人に評価してもらい、決めさせていたのです。
親友Nが言うような「受け身」ではないことに気づきました。
親友Nには私は「受け身」に映るのだと思います
人の感じ方や考えは変わりません
「受け身」が悪いわけでもありません
ただ、言われた自分が「嫌」なら、それは受け取らなくていいのです。
親友から言われたような「受け身」で困っていることが自分にあるのか?の点検はしています
私の場合ですが、「受け身」と言われる方が、自分の自信をなくし、行動力を下げます
だから、親友がいくら私のためを思って言ってくれている言葉であっても、私は今後それに関しては受け取らないと決めました。
人に自分の価値を決めさせてしまう背景
これまで親友の言う「受け身」と言う言葉を自分がどうして受け取ってきて、
「自分は受け身なんだ」と信じ込んできてしまったのか
それは自分にとって親友だからこそです
親も同じでしょう
大好きな相手だからです
大好きな相手の言葉は信じたいです
そして認めてもらいたい
好かれたい
もしかしたら自分が気づいていない事を気づかせてくれているのかもしれない・・
色々と信じ込むに相当する理由が出てきます
だけど自分自身のことです
自分の自信が下がったり、行動を下げることは信じなくていいと思いました
参考程度にすればよろしいと
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アラフィフになって思うのですが、
人に言われた
特に傷ついた記憶のある言葉は
受け取り拒否で良いかと思いました
また、年齢を経ると考えは変わるかもしれませんが
現時点の自分は、自分のことを人に決めさせてそれを信じ込んできてしまって、やりたいことができなかった自分を悔いています
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自分のことは自分で決めていいのです
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アラフィフになって恥ずかしいですが、私は人から言われた自分像の方が多いです
自分自身が空っぽであることに気づきました。
今からでも、自分を感じ、自分ってこう!というのはつくっていけます。
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人から見た自分も大切ですが、
自分が思う自分も大切に
自分自身の存在を他人に決めさせない生き方をこれからしていこうと思います